キティ水筒や携帯ストラップに至るまで多彩に展開されているハローキティのキャラクターグッズですが、その影響力は海外でもブームを起こしマライア・キャリーさえもそのファンとして有名です。そんなキティグッズに水筒などの日常品からリサーチし記載しました。
スポンサードリンク
キティ水筒以外その他 キティグッズ
・ハローキティベイビーズ MC-581
(オムロン)体温計
・ハローキティ KT20
(ブリジストン)自転車
・パミオウーノ ハローキティ
(リーマン)チャイルドシート
・ハローキティ ネイルカラーピール-85
(ハローキティメイクアップコレクション)
・ハローキティ アイシャドウパレット-01
(ハローキティメイクアップコレクション)
・ハローキティ ポーチセット
(サンリオ)
・キティ蛇口ホルダー
(サンタン)
・キティ コロコロ雛
(吉徳)
・ハローキティ 噴水マスコット
(ナカジマコーポレーション)
・ハローキティ CASIO Baby-G スクウェア
(サンリオ)
・ハローキティ 便利まな板
(サンリオ)
・ハローキティ くるくる回転ずし
スポンサードリンク
キティ水筒など多種にわたる物が販売されているハローキティグッズ。
その種類の幅は、生活用品だけに問わず日常品においては殆どの製品が製作され販売されているとも言われていますが、その歴史は以外に古く、キャラクターとしての開発は1974年(昭和49年)で、公式にはこの年が誕生年になっています。
最も古い販売グッズ第一号は1975年(昭和50年)3月に販売された最初のグッズはビニール製のガマ口(商品名はプチパース)で、当時の定価は240円でした。
制作会社はキティの生みの親であるサンリオで初代のキティをデザインしたのは、デザイナーの清水侑子である。今となっては幅広い年齢層のファンをもつハローキティグッズではあるが、もちろん低年齢層は高い。
お弁当グッズや食器類に、いたっても数々の様々な製品が製作されているが、水筒にいたってはアクセサリー的な要素があるものから、耐久性や実用性に優れた本格的なものまで製作・販売
されている。その概要は同時に水筒の諸所における技術的進化や、同時に素材の開発による、低価格品な製作により100均までにいたるリーズナブルなものも販売されました。
この背景には開発当時、文具を中心にグッズの販売を行ってサンリオが当初お思惑とはかけ離れたキティの一人歩きにあるとも言え実際の話ですが、ハローキティグッズ全盛時、1996年に一部メディアで当時人気を博していた歌手・華原朋美がテレビ番組でハローキティ好きを公言したことから女子高生・女子中学生の間でブームが再加熱し、サンリオの収益の7割近くをハローキティのライセンシング・キャラクターグッズ売上が占めていたというデータもあるといいます。
しかも、このキティというキャラクターの一人歩きにサンリオは危機感すら抱いていたのを伺わせる時事があったと思える事がありますが、それは次の文章にて説明します。ともかくこのデータがゴシップとしてではなく実際の出来事として残っていた事からもその影響力サンリオのみならず周りの収益にすら強大な事であったのが伺えるといえるでしょう。
キティ水筒以外ご当地キティは地域限定キティとも呼ばれ、株式会社サンリオのキャラクターブランド「ハローキティ(Hello Kitty)」を、全国各地用に開発した地域限定商品のことであり、地域活性化を伴う重要なマスコットをして扱われる場合も多いことです。
現在においては、47都道府県全てのバージョンが存在し、そのモチーフの対象は地域の名産・名物・物語・歴史・人物などで構成されており、主な商品形態は、携帯電話ストラップなどの小物が中心で、高速道路のサービスエリア等、お土産売場を中心に販売されています。
こうした事からも言えることではあるが、マスコットは各都道府県に存在するにも関わらずあえて47都道府県全てで取り上げられているのはキティの知名度のみならず国民的な浸透度をうかがわせるものですね。
キティ水筒以外の話ですが、キティを身にまとう熱狂的なファンをキティラーというそうですが、海外でもキティラーが存在知る事は否めません。
というのが上記で述べた、ご当地キティでも伺えますが、こうしたキャラクターの採用はハローキティというものが異例の存在もしくは日本でのみならず、海外でも有名なキャラクターである事を肯かせるものです。
実質海外の著名人でもキティのファン多く、例を挙げれば、ヒルトン姉妹やキャメロン・ディアス、マライア・キャリー、リサ・ローブ、ブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラの名が挙がります。
また、数字的には、2004年の時点で世界約60カ国でハローキティグッズの販売展開はされていました。
日本のサブカルチャーの代表的存在の一つとしてキティ認識されていることは無理もないと言えるでしょう。
スポンサードリンク
キティ水筒以外の話ですが、キティの人気が最も低迷していたのは1970年代末頃のことでした。
この事は、キティのビジネス展開をも左右しかねない事となるのですが、てこ入れのためにデザイナーが現デザイナーである山口裕子に変更されたのもこの人気低迷期があったからかもしれません。
ですがキャラクター商品というものは短命とまではいはないものの、とある時期が来ると横ばいから落ちていくのは自然的なことであり、まるで巡回するようにまた全盛期に向かっていくものです。
例えそのキャラクターではなかったとしても、コンセプトや方向性が類似したものが、脚光を浴びることは過去にもあった事例です。
実質、キティのデザイナーは現在3人目となっており、初代デザイナー清水侑子(1974年〜1976年まで担当)2代目デザイナー米窪節子(1976年〜1980年まで担当)3代目デザイナー山口裕子(1980年〜) と変わっていますが過去キティブームといわれた年は1977年頃、1985年頃にも起こっているのです。
つまり各デザイナー全てがムーブメントを起こしており、その事からも並ならぬデザイナーの手腕と努力がうかがえます。
しかし、上記でも述べたキティの一人歩きな人気の沸騰にサンリオ事態も危機感を抱いていた1997年のキティブームではその危機感を伺わせるコメントがあるのです。
1997年、華原朋美の影響による効果をサンリオ社長が認める発言もしていたらしいのです。
しかし、実質はサンリオは当時、ブームになると後にすたれやすいという理由で、ブームを歓迎しなかったというのです。
ただ、現在においてもハローキティグッズが国内のみならずそのファンの支持を受けていることはキティがもともと児童を喜ばせたキャラクターであるという素朴さや飾りない愛らしさがあってのことかも知れません。